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メトロコマース事件判決(最三小判令和2年10月13日)を受けて,法務担当者としてなすべきこと

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1 はじめに

先週,最高裁同一労働同一賃金に関する注目すべき3つの判断を示しました。

今回は,その内の1つであるメトロコマース事件を紹介します。

 判決全文はこちら

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf

2 同一労働同一賃金 

同一労働同一賃金」とは,正規社員と非正規社員との間の不合理な待遇格差を是正する政策をさします。

ここで誤解されがちなのが,「同一」とはいっても,正規社員と非正規社員の待遇を等しくしなきゃいけないわけではないということです。

この点につきまして,パートタイム・有期雇用労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)8条は,以下のように規定されています。

 

第8条(短時間労働者の待遇の原則)

事業主が、その雇用する短時間労働者の待遇を、当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては、当該待遇の相違は、当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 

つまり,不合理でなければ,待遇に差があっても良いのです。

 

例えば,小売店では正社員とアルバイトが混在していることがありますが,正社員は物流業務や販売促進業務といったアルバイトとは異なる業務を行ったり,アルバイトを統括する立場にいたりするのが通常です。このような場合,正社員はアルバイトよりも多少良い待遇を受けたとしてもパートタイム・有期雇用労働法8条に違反することにはならないものといえます。

3 メトロコマース事件

メトロコマース事件では,正社員・契約社員間の退職金支給格差の合理性が問題となりましたが,結論として退職金の格差は不合理とはいえないと判示しました。

⑴ 事案の概要

本件は,メトロコマース社の契約社員であった原告らが,同社の正社員と原告らとの間で,退職金等に相違があったことは労働契約法20条(平成30年法律第71号による改正前のもの。以下同じ。)に違反するものであったなどと主張して,同社に対し,不法行為等に基づく損害賠償等を求めた事案です。

 

※労働契約法20条は,パートタイム・有期雇用労働法改正に伴い削除さました。規定内容は,上述のパートタイム・有期雇用労働法8条とほぼ同内容となっています。

 

正社員と契約社員における雇用条件等の差異は以下のとおりです。

  売店業務に従事する正社員 契約社員
雇用形態 無期労働契約 契約期間を1年とする有期労働契約
配置転換・出向 あり(ただし売店業務に従事する社員は配置転換できない事情があった) なし
業務内容 契約社員の業務+代務業務,エリアマネージャー業務 売店管理,接客,商品管理・準備・陳列,伝票等取扱い,売上金等取扱い等
定年 65歳

65歳

⑵ 原判決 

 原審の東京高裁は,以下のように判示して,原告らの請求を一部認容しました。

「第1審被告においては,契約社員Bは契約期間が1年以内の有期契約労働者であり,賃金の後払いが予定されているとはいえないが,原則として契約が更新され,定年が65歳と定められており,実際に第1審原告らは定年により契約が終了するまで10年前後の長期間にわたって勤務したことや,契約社員Aは平成28年4月に職種限定社員として無期契約労働者となるとともに退職金制度が設けられたことを考慮すれば,少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金,具体的には正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら一切支給しないことは不合理である。

東京高裁は,「正社員と契約社員の雇用実態はほとんど変わらないのだから,退職金も4分の1は認めてあげなよ」と言っているわけです。

ただし,上記表のとおり,現に正社員と契約社員との間には職務内容や配置転換等に関して相違が認められます。

最高裁は,この点に着目して以下のとおり判示しました。

⑶ 判旨

ア 労働契約法20条に照らした判断基準

「(労働契約法20条違反)の判断に当たっては・・・・・・当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。」

すなわち,結局総合考慮になるかとは思いますが,少なくとも①退職金が正社員のために支給されるものであり,②「同条所定の諸事情」において正社員と契約社員との間に差異が認められる場合には不合理とはいえないものと考えられます。

 

ここで,「同条所定の諸事情」とは,

① 業務内容及びその責任の範囲の差異

② 職務内容・配置変更の変更の差異

③ その他の事情

であり,内容としてはパートタイム・有期雇用労働法8条と同様です。

イ 退職金の性質・支給目的

「退職金・・・・・・の支給対象となる正社員は・・・・・・業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり,また,退職金の算定基礎となる本給は,年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたものである。このような第1審被告における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば,上記退職金は,上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,第1審被告は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。

メトロコマース社における退職金は,正社員のために支給されるものだと判示していますね。

ウ 労働契約法20条所定の諸事情

① 業務内容及びその責任の範囲の差異

「両者の業務の内容はおおむね共通するものの,正社員は・・・・・・代務業務を担当していたほか・・・・・・エリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し,契約社員Bは,売店業務に専従していたものであり,両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。

② 職務内容・配置変更の変更の差異

売店業務に従事する正社員については,業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり,正当な理由なく,これを拒否することはできなかったのに対し,契約社員Bは,業務の場所の変更を命ぜられることはあっても,業務の内容に変更はなく,配置転換等を命ぜられることはなかったものであり,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲・・・・・・にも一定の相違があったことが否定できない。

③ その他の事情

「平成27年1月当時に売店業務に従事する正社員は,同12年の関連会社等の再編成により第1審被告に雇用されることとなった互助会の出身者と契約社員Bから正社員に登用された者が約半数ずつほぼ全体を占め,売店業務に従事する従業員の2割に満たないものとなっていたものであり,上記再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。」

本件で契約社員との比較対象にされた「売店業務に従事する正社員」は,他の正社員は異なり実際に配置転換等がされたことはなかったようです。そうすると,メトロコマース社は売店業務の正社員と他の正社員とを異なる条件で取り扱っているのではないかとも思えます。しかし,本判示により,メトロコマース社は「売店業務に従事する正社員」に配置転換等をさせられない事情があっただけで,他の正社員と異なる条件を設定していたわけではないことを示されたのだと考えられます。

「第1審被告は,契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け,相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。」

契約社員にも登用制度によって正社員になる機会が与えられており,退職金の支給を受けることもできたのだから,正社員だけに退職金を支給することも良いのではないかという評価が介在しているものといえます。

エ 結論

以上から,①退職金が正社員のために支給されるものであり,②「同条所定の諸事情」において正社員と契約社員との間に一定の差異が認められると判断して,退職金の支給の有無に係る労働条件の相違は不合理とまでは評価できないと判示しました。

4 法務担当者としてなすべきこと

本判決では,退職金の支給に差異を設定することは不合理ではないと判示しましたが,正規社員と非正規社員との間の職務内容等に差異がない場合には,パートタイム・有期雇用労働法8条違反となる場合があります。

そこで,法務担当者は以下の事項をチェックした方が良いでしょう。

⑴ 正規社員・非正規社員間における退職金支給の差異の確認

 当然のことですが,まずは自社において正規社員・非正規社員間に退職金支給の差異が存在するかどうか確認してみてください。

また,非正規社員にも退職金が支給されていたとしても,支給額次第では同法8条違反となる可能性がありますので注意が必要です。

⑵ 業務内容,変更の範囲の明確化・差別化

次に,正規社員・非正規社員の業務内容や配置転換等の有無がそれぞれ明確化されているか確認しましょう。

また,正規社員・非正規社員間に業務内容や配置転換等の有無につき差異が存在しない場合には,そのような差異を設けることも考えられます(その場合には,労働条件の不利益変更に当たらないかについても注意する必要があります。)。

⑶ 登用制度の構築

 非正規社員が正規社員になることができるための登用制度を構築することも重要です。

なお,形式的に登用制度を構築していたとしても,登用を希望した非正規社員が実際にはほとんど正規社員に登用されていないような場合には,登用試験の内容等を検討する必要があるでしょう。

5 おわりに

 このように,本判決としては,退職金の支給の相違を不合理でないと認めていますが,パートタイム・有期雇用労働法8条の諸要素に基づく会社ごとの対応が求められるものといえます。

 

次回は,大阪医科大学事件について取り扱う予定です。